Archive for 1月, 2011
‘11 2/6(日) 第33回 フィロソフィア開催
月曜日, 1月 31st, 2011
第33回 フィロソフィア 2011年2月6日(日) 13:30(開場13:00)~20:30
「スピリチュアルな心理学と政治哲学――多様性と自己」
今回は、スピリチュアルな心理学の出発点をなすケン・ウィルバーと、話題のマイケル・サンデルを
扱いながら、多様性の時代における自己と政治を考えてみたいと思います。
<プログラム>
開場(13:00)
第1部 13:30-16:00:アカデメイア
「『多様性』の問題にどう対処するのか?
~発達心理学の視点から~」(講師:鈴木規夫)
議論
休憩 16:00-16:30
第2部 講演 16:30-19:00:フィロソフィア
「『サンデルの政治哲学』と今後の展開」(講師:小林正弥 )
議論
*時間は流動的で、終了時間なども変わる可能性があります。
<会場>
東京工業大学 田町キャンパス内
『キャンパスイノベーションセンター(CIC東京)』5階
リエゾンコーナー501AB
※所在地 … 〒108-0023 東京都港区芝浦3-3-6
アクセス
JR線 田町駅 下車徒歩1分 または
都営線 三田駅 下車徒歩3分
<地図>
※下記のいずれかの地図でご確認ください。
東京工業大 田町キャンス
http://www.titech.ac.jp/about/campus/t.html
キャンパスイノベーションセンター東京
http://www.isl.or.jp/campusinnovation.html
<参加費>
資料代 1,000円
公共活動割引 700円
(対象:平和運動など公共的運動のスタッフの方)
学生割引 500円
※寄付など歓迎。
<講師プロフィール>
第1部:鈴木 規夫Ph.D.(インテグラル・ジャパン代表取締役)
人間の心理的発達と能力開発の領域において10年以上にわたり研究と実践に取り組んでいる。
企業組織における人材育成を主要な活動としており、主に発達段階の測定、
リーダーシップ・パイプラインの構築及び、エグゼクティブ・コーチングと
リーダーシップ・トーイニングを担当している。
2004年にCalifornia (read more...)
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『インテグラル理論入門』の出版に寄せて
水曜日, 1月 26th, 2011
インテグラル理論の可能性
『インテグラル理論入門』の出版に寄せて
鈴木 規夫Ph.D.
今回、アメリカの現代思想家ケン・ウィルバーの業績を紹介する『インテグラル理論入門』(I & II)を春秋社より出版しました。
このプロジェクトの話をいただいたのは、凡そ2年懸かりで『実践 インテグラル・ライフ』(春秋社)というウィルバーの最新作を翻訳しているときのことでした。編集部の棟高 光生さんにお話をいただいた後、私はすぐに数人の研究者に声を懸けて、共同執筆を提案しました。
ウィルバーの思想は「統合理論」【インテグラル・セオリー】といわれ、そこには実に多様な知の領域が包含されます。それらについてバランスよく説明するためには、異なる視点や感性をもつ複数の執筆者を巻き込むことが重要であるように思われたのです。こうして集うた4人の執筆者により完成されたのが、この入門書です。
1980年代に処女作である『意識のスペクトル』が翻訳・出版されて以降、日本ではウィルバーの著作が世界でも比較的に丹念に紹介されてきました。現在のところ、ウィルバーの著作は30程の言語に翻訳されていますが、そのほとんどを母国語で読める国というのは、世界でも稀であるといえます。
しかし、このことは、必ずしも、日本においてウィルバーの思想が正しく受容されているということではありません。
1995年に出版された『進化の構造』(春秋社)において、ウィルバーの思想がいわゆる「トランスパーソナル思想」という枠組みを超えたものに発展したとき、日本では、海外にはみられない奇妙な状況が生まれました。それまでにウィルバーの作品を熱心に支持していた読者が離れていき、また、新しい読者層を獲得することができないという状況が出現したのです。
ウィルバーの思想に対するこうした態度の変化は、海外のそれとは、正反対のものでした。ウィルバーの思想が海外においてその認知度を飛躍的に高めたのは、『進化の構造』の出版を通してでした。この著作を通して、ウィルバーは、人間の内面領域の研究者としての立場を脱却して、世界【コスモス】そのものを射程に容れたひとりの現代思想家としてのアイデンティティを確立したのです。
実際、海外における反応は目覚しいものでした。『進化の構造』は、出版されたその年にアメリカにおける学術書のベストセラーとなり、また、そこで呈示されたAQAL(All Quadrants, All Levelsの略)といわれるモデルを日常の実務領域に応用する機運が急速に、広範に醸成されていきました。北米や南米や欧州においては、AQALモデルは、心理臨床や能力開発においてだけでなく、企業組織の経営や都市計画の策定、そして、環境保護の推進や行政政策の策定をはじめとする、様々な規模の共同体【コミュニティ】を対象とした実務的な活動を推進するための枠組みとして積極的に利用されはじめています。こうした流れは、とりわけ、2009年に開催されたState of the World Forumで、気候変動の問題に対する対応策を構想するための枠組みとして、インテグラル理論がとりあげられたことにも端的にあらわれています。
このように、今、海外では、ウィルバーのインテグラル理論は、「危機の時代」といわれるこの21世紀において、人類が直面している集合規模の課題や問題に対処するための視座として、その価値をひろく認識されはじめているのです。
しかし、ウィルバーの思想が国外ではメインストリームでの存在感を高めていく中、あたかもそれと反比例するかのように、国内ではウィルバーの思想は徐々に忘れられていくことになりました。その結果、「第5期」(Wilber-Five)といわれる近年における理論的な展開の詳細は紹介されないままになりました。また、ウィルバーが統括するインテグラル研究所を中心として、今、世界中に展開されている研究組織や実務組織による多様な活動の様子が、全く伝えられないという残念な状況が生まれてしまいました(第1巻にまえがきを寄稿してくれたショーン・ハーゲンス博士は、ジョン・F・ケネディ大学のインテグラル理論学部の統括者です)。
今回上梓した『インテグラル理論入門』は、そうした近年の動向について紹介することを通して、現代思想としてインテグラル理論が脚光を浴びている理由を明らかにすることを意図して執筆されました。
それにしても、近年におけるインテグラル理論の受容のされかたは、国内と国外とで、どうしてこれほどまでに異なるのでしょうか? そこには様々な理由がありますが、そのひとつとして、「多様性」(diversity)という現実を歴史的にどう体験してきたのかということに関する彼我の差があるように思われます。
インターネットの出現以降、私たちをとりまく情報の量は飛躍的に増えました。とりわけ、実質的に人類の「公用語」としての地位を確立した英語の文化空間においては、そのことは非常に顕著です。必然的に、こうした状況の中で私たちが直面する課題とは、情報の不足ではなく、氾濫する情報にどう対処するのかということになります。
情報の流通網の充実は、多様な感性や視点にもとづいた情報の流通を可能とすることになります。しかし、そのことは、同時に、それらを効果的・効率的に咀嚼して、日常の生活の中に適用していくための能力を鍛錬することを一人ひとりに要求することになります。
こうした課題に対処していくことは、とりわけ、組織の経営や政策の策定をはじめとする、高度の不確実性と常に対峙することを強いられる、数多くの実務者や研究者には、正に最重要の懸案となります。多様な感性や思惑や欲求を抱いた関係者が入り乱れて、恒常的な混沌状態が生み出される実務の現場においては、多様な視点の存在は、ときとして判断や行動を麻痺させることになりかねないのです。そこでは、それらを単に尊重するだけではなく、それらの相対的な重要性を見極めて、そこに優先順位を付けるための鳥瞰的な視座が必要となるのです。端的にいえば、21世紀の現実は、すでに「多様性」というものが無防備に賛美されるべきものではなく、共同体【コミュニティ】を極度の混乱に陥れかねない深刻な問題であることを明らかにしはじめているといえるのです。
そのとき、私たちが必要とするのは、そうした多様性の深層に存在する普遍的な次元を洞察するための鑑識眼です。表層的な多様性の水面下で作用している諸々の要因――これを見極めることが重要となるのです。そして、今、数多くの事務者がインテグラル理論を積極的に活用しているのは、そうした喫緊の課題に対する有効な対応策を呈示しているからなのです。
残念ながら、多様性尊重という価値観が内包する「怖さ」を私たち日本人はまだ十分に認識することができていないようです。むしろ、社会の指導者層全体が、そうした価値観を純朴に信仰して、それを共同体【コミュニティ】の制度に反映していこうと躍起になっているように思えます。
人間世界の衝突や軋轢は、それぞれの関係者が相互の立場を正当なものとして尊重することを通して、解決することができる――そうした空想的な発想が無謬の真実として信仰されているのです。しかし、そうした発想が、しばしば、相手の悪意や横暴を間接的に擁護することになり、結果として、悲惨な状況をもたらすことになるのは、歴史的にはナチス・ドイツの台頭に、また、先日の尖閣諸島問題でも明確に露呈したところです。
「多様性尊重」というイデオロギーが世界の複雑性と凶暴性に対する真に効果的な対応策を講じるための基盤となりえないことが、とりわけ「冷戦」の終焉後、急速に明瞭になりはじめています。そして、そのことは、先進国の指導者層にとり、正に共同体の存亡に関わる問題として認識されはじめているのです。
その意味では、ウィルバーをはじめとするインテグラル・コミュニティの関係者が呈示している構想【ビジョン】とは、これまで世界に安定をもたらしてきた秩序が急速に溶解しはじめているなかで、新たな秩序を構築するための方法論を呈示するこころみといえるかもしれません。そして、正にその意味において、それは21世紀の生存術としての意味をもつ思想といえるのです。
21世紀において、私たちは、気候変動や資源枯渇をはじめとする惑星規模の問題と直面することを強いられています。エコロジーは、生態系の状態が劣化するとき、そこでは不可避的に残存資源をめぐる熾烈な争奪戦が惹き起こされることを指摘しています。そうした危機的な条件下において、私たちは新たな生存の叡智を確立することを求められることになります。
こうした時代的な課題をつきつけられながら、私たちは、あらためて人類が歴史的に継承してきた諸々の叡智を統合することの重要性を認識しはじめています。そこで意図される統合とは、単なる学究的な興味にもとづいたものではなく、この危機の時代を生き延びようという非常に実践的な意図にもとづいたものです。そして、それゆえに、そうしたとりくみは、この世界の「ままならなさ」を直視するものであることを求められます。それは、常に「今」「ここ」で有効に機能するものであることを求められるのです。
インテグラル・ムーブメントは、そうした同時代の要請に応えるために、今、数多くの研究者と実務者をまきこみながら展開しているひとつの思想運動といえます。今回出版する『インテグラル理論入門』が、そんなインテグラル理論の意義を少しでも読者の方々に御伝えできるものであることを執筆者のひとりとして祈念しています。
(『春秋』寄稿)
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書籍案内:ケン・ウィルバーの思想の解説書『インテグラル理論入門』
水曜日, 1月 26th, 2011
書籍案内:ケン・ウィルバーの思想の解説書『インテグラル理論入門』
神尾学
昨年春と秋に2分冊で出版されたケン・ウィルバーの思想の解説書、『インテグラル理論入門』( 青木聡 / 久保隆司 / 甲田烈 / 鈴木規夫著、春秋社)のご紹介をさせていただきます。
ウィルバーは、アメリカで33年前に 『意識のスペクトル』を出して衝撃的デビューを飾り、 「トランスパーソナル心理学の旗手」としてもてはやされ、日本でも非常に注目されました。
その後の研究は、心理学を超えてあらゆる領域を網羅するに及び、フィロソフィアにとってその重要性はさらに高まっていると思われます。
欧米ではウィルバーの著作は一般読者にも広まり、アメリカでは空港の書店で彼のペーパーバックが平積みになっているところもあるようですが、日本においては難解な書籍の売れ行きが落ち込む状況の中で、過去の大作・名著のほとんどが廃刊に追いやられ入手困難になっていて、その重要性にも関わらず、これからウィルバーを勉強しようにも書籍が入手困難な状況に陥っていました。
そんな中で、日本の研究者たちの手による 『インテグラル理論入門』という格好の入門書2分冊
「Ⅰ ウィルバーの意識論」
「Ⅱ ウィルバーの世界論」
が、昨年刊行されました。構成も良く、4人による共著とは思えないほどスムーズにまとまめられた労作ですので、以下、紹介させていただきます。
まず第Ⅰ巻ですが、この本はウィルバーが自ら「インテグラル理論(Integral Theory)」と名づけた、ものごとを統合的・包括的に捉える理論の枠組みを構成する5つの主要な要素(+インテグラル理論の特徴)の解説が中心です。
それに加えて、読者に親しみをもってもらうため最初にウィルバーの人物像の、最後にウィルバーの著作の年代順の紹介を付けた構成になっています。
“インテグラル理論”とはどのようなものか、続編のⅡの「はじめに」ⅰ・ⅱ に書かれている文章を引用しておきます。
「インテグラル理論とは、現代社会に氾濫する情報を、迅速に、正確に咀嚼し、全体性の中に位置づけ、相互の関連を把握するための有力なツールです。世界をとらえるには無数の手段がありますが、それらはすべて独自の洞察と盲点を内包しています。重要なのは、それらのうち、どれを正解として選択するかということではなく、それぞれがどのような真実を開示し、また同時に隠蔽するかについて、統合的に体系的に把握する確かな目をもつことです。
インテグラル理論は、こうした俯瞰的な知性を涵養するための道具ですが、それは単に、大量の情報を整理するための枠組みではありません。それは同時に、私たちの意識を深める変容の枠組みでもあるのです。
『あらゆるところで真・善・美を脅かしているのは、暗黒の脅威ではなく、むしろ、浅薄さの脅威である。そしてそれは、皮肉にも自らを深遠なものとして喧伝する。現代の危機と脅威とは、世界に蔓延する臆面のない浅薄さである。』(『進化の構造』原書P7)
現代の危機を超克するための叡智として喧伝されているものの大多数は、ウィルバーが指摘しているように、臆面もなく浅薄なものであり、また、瞬時のあいだに過去のものとして忘却されていくものです。それゆえ、危機と混乱の時代においてこそ、私たちは虚偽のことばを見通すための透徹した感性を確立する必要があるのです。そしてそれは、必ずしも、情報処理能力の向上によって実現できることではなく、自己の全存在を、この世界の神秘と深層に開くための継続的な自己変容の実践を通してこそ可能となるものなのです。
今日の時代状況の中で、私たちは世界を広く見渡すだけでなく、深く見通すことを求められています。インテグラル理論とは、真に効果的な実践ができるよう、私たちを変容の旅路に誘うものなのです。」
スピリチュアリティを重視する方の中には「理屈なんか必要ない、今は体で感じる時代だから」と言い切る人たちも多く、そういう方々からは猛反発を食らいそうですが、私はそういう方たちのもっている良さを認めつつも、基本的にはウィルバーと同感です。
第六章の「前(プレ)と後(ポスト)の混同を見極める」が、この問題を扱っており、第七章「インテグラル理論の特質」でその超克の方途が示されています。
5つの主要な要素に関しては、第一~五章の各1章ずつが当てられ、序章(2)「インテグラル理論を学ぶ前に」にはその要約が示されています。簡単に箇条書きにしておきます。
①クオドラント(quadrants)4象限=(個人/集団)×(内面/外面)
=主観/間主観/個人の行動/集団のシステム
②レベル(levels)意識の発達段階
=呪術的/利己的/神話的合理性/合理性/相対主義的/統合的
③ステート(states) 刻々と変化する意識状態
自然な意識=覚醒時/夢見時/熟睡時/観想/非二元 : 変性意識
④ライン(lines) 能力の多様性 認知/自己/価値/道徳/
対人関係/スピリチュアル/欲求/運動感覚/感情/美意識
⑤タイプ(types) (エニアグラムなど)
第Ⅱ巻に関しては、「はじめに」ⅱ・ⅲで、鈴木規夫氏が次のように書いています。
「本巻では、まず統合的枠組み(インテグラル・フレームワーク)の最新の形態(“Wilber-Five”)を概説します。これは、『進化の構造』以降、インテグラル・コミュニティにおいて展開された議論の成果を統合したものです。学術的な枠組みとしてのインテグラル理論の精華を習得するには無視することのできない要素です(第Ⅰ部)。
次に、インテグラル理論による現代社会への批判的考察の一例を紹介します。それは、現代を生きていく上で、私たちが無意識のうちに絡めとられてしまう集合的病理を明らかにする試みです。こうした批判的な視点は、統合的な視点と感性に基づいて同時代を把握するのに必須の条件となります(第Ⅱ部)。
最後に、インテグラル理論を日常の現場で応用・実践していくための方法を紹介します。インテグラル理論とは、研究と実践を相補的要素として成立しています。これを真に理解しようとすれば、その知見を日々の現場に展開していくことが求められます。理論とは、現場の中で試され、再構築されることを通して鍛え上げられていくものだからです(第Ⅲ部)。」
“Wilber-Five”とは・・・
1977年に『意識のスペクトル』(原著)を出版して以来、今日まで、ウィルバーの理論体系に4度大きな変化があって、ちょうどウィンドウズと同じような感じでその度にヴァージョン・アップされて現在のインテグラル理論=Wilber-Fiveに至っているようです。
特に大きな画期となったのは、第4期の始まりとして1995年に刊行された『進化の構造』(“Sex,Ecology,Spirituarity:The Spirit (read more...)
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謹賀新年:愛と正義の時代に向けて
水曜日, 1月 5th, 2011
皆様、あけましておめでとうございます。
振り返ってみると、昨年の初めは鳩山政権のもとで、
「友愛」と「新しい公共」という理念が政権の
公共哲学となったことを喜びつつ、
「友愛の公共哲学」の提示に力を入れていました。
そして、急いで『友愛革命は可能か』(平凡社新書)を
3月に刊行しました。
鳩山政権は残念ながら早期に崩壊しましたが、
ちょうどその頃から、NHK白熱教室で
マイケル・サンデルの大旋風が起こり、
「本来の正義とは何か」を人々が考えるように
なりました。12月に『サンデルの政治哲学ーー
〈正義〉とは何か』(平凡社新書)を刊行し、
幸い好評のようです。
正月の元旦と二日には「白熱教室」の再放送
が行われ、9日(日)からはNHK教育テレビで、
6時から、私の千葉大学での講義が「白熱教室in Japan」
として、4週間連続で放映されます。
朝日新聞の紙面でも、元日の1面・2面や
今日(3日)の社説で「白熱教室」に大きく言及されています。
この2つをまとめて見ると、時代は「愛と正義」
の理想を求めていると言えるのではないでしょうか。
私から見ると、人々は、政権交代時には
政治において「愛」の理想が実現することを期待し、
現実政治に幻滅すると、哲学的・学問的な世界に
おいて「正義」の理念に惹きつけられているように
思います。この2つは、無関係の現象ではなく、
人々の心の内側で、つながっているように思うのです。
「正義」のブームが起こったからといって、
「愛」が不要になるわけではありませんし、
「愛」を語るからと言って「正義」が要らない
わけでもありません。「愛」と「正義」は
いわば車の両輪のように相互に支え合うものだと
思います。かつて、儒教では、この2つを
「仁」と「義」と呼び、「仁義」が儒教的
政治哲学の中心的政治理念でした。
今年も、引き続き、私は「正義」論の
ブームを支え、「本来の正義とは何か」
という問題を投げかけてみたいと思います。
そして、「愛」の理念も甦らせ、
「愛と正義」の時代への序曲を奏でてみたいと
思うのです。
愛にせよ、正義にせよ、2年ほど前には、
学問や政治の世界ではほとんど人々が
口にしなかったような理想です。それらが
このような存在感を持つということは、
「理念なき現実主義」の固い壁が徐々に崩落し
かかっていることを表すと思います。
「愛と正義の時代」が徐々に
開けていくことを願いながら、この一年、
務めていきたいと思います。今年も、
よろしくご指導・ご教示のほどを
お願い致します。
小林正弥
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